───季節は、春。

新入生も疾うに迎え入れた5月の上旬。
穏やかな日々を過ごすには、まだまだ忙しなくも生徒達は各なりにその緊張感を織り交ぜた時間を楽しんでいる様だった。
天候もそんな彼らの気持ちを知ってか知らずか、時々崩れたりするものの、そこに春特有の嵐の影は無かった。
梅や桜の暖色を終えて、青葉茂れる緑色の季節が始まった。




カンナヅキ=ミリルとキサラギ=ジーンは世間から見れば普通の幼なじみだった。

彼らは公立小学校からこの私立中学校に入学した。
別段、何か明確な目標があった訳では無いが、彼らは揃ってこの中学への進学を希望した。
お互いに一人っ子の家庭であっても、受験勉強の開始時期が遅かった事や金銭的な問題で反対されていたが、 幸いにも2人とも成績は優秀であった事と彼らに期待を寄せる教師陣の「熱い」バックアップがあって 翌年の4月、念願の私立中学校入学を果たしたのである。

勿論、いくら小学校で成績が優秀だったとはいえ2人とも死に物狂いで勉強したのは云うまでもない。

目標が無くとも、相応の「目的」があった事を、彼らは誰にも話さなかった。
だから周囲の者は、2人がその学校に進学したかった本当の理由を知らないでいた。







黒の詰め襟と紺の水平襟という出で立ちは何処か公立中学の様だが僅かな光沢や深い色のお陰で上質で上品な印象を与える。 人によって意見もあるこの制服だったが、2人は割と気に入っていた。

今日も2人は同じ時間に家を出た。
並んで登校する姿に煩わしい他人の目や下世話な声が掛かっても、2人は気にしなかった。中学に入学する 前からも一緒に登校していた彼らだったが、何時も2人の間には空間があった。

丁度、人1人分が────入れるぐらいの隙間が。



「・・・いよいよ、今日来るってな。」















隙間を隔ててジーンが隣に話しかけた。ミリルは頬を少し染めて頷く。















待っていた。ずっと此処に入学した時から。

騒がしい教室が静かになる。其処から話し声が完全に聞こえなくなってから数分、戸を開けて教師が入って来て、 8時15分・・・・朝のSHRが始まった。
何時も校則に厳しい教師が今日は開けた戸を閉めずに教卓に立つと教室が微かにざわめいた。 教師は敢えてそれを制止せず戸の方を見やり、声を掛けた。



「・・・入りなさい。時期はずれだが、転校生だ。と云っても彼はずっと外国の学校に居たから正確には違うがね。」



そう言うと教師は白板に文字を書き始めた。書く音と共に「彼」が教卓に添う。
「彼」の顔に生徒のざわめきが更に広がった。背格好、顔つきからどう見ても「彼」は生徒達に比べ幼かったからだ。 教師に視線で促され「彼」が口を開く。



「ウヅキ=エルク=コアラピュールです。本来なら2学年下ですが、学校側の好意で中学1年から編入する事になりました。 生まれはこの国ですから国語は大丈夫です。気軽に話し掛けて下さい。」



「彼」は人好きする笑顔で答えた。途端に生徒達のざわめきは静まる。教師は満足そうに微笑んでから指で「彼」の席を指示した。 其の席はミリルの後ろの席でありジーンの隣の席でもあった。「彼」は机と生徒の間を縫いながら進んで行く。
やがて教室の最後尾の席に辿り着く。ジーンは「彼」に向かって柔らかい表情を作る。ミリルは振り向きもしなかった。





学校の屋上は普段、立ち入り禁止の看板が立っていたがジーン達が入学してからは、それが立たない日の方が多くなっていた。 それでも其処に訪れるのはジーンとミリルだけだったが─────今日は、違った。
ジーン、ミリル、そしてエルクの3人はフェンスにもたれ掛かったまま、口を訊かないでいた。 暫く、それぞれが各の目で空だけを見ていた。



「・・・まさか、本当にスキップした上に、同学年で入学して来るなんて思わなかったぁ。」



沈黙の時間を破りミリルがエルクに話しかける。そこには、さっきまで彼女の顔に張ってあった緊張は無かった。 ジーンも同じ表情だった。エルクは苦く笑っていた。



「お陰サマで結構、向こうで頑張ったんだよ?」

「・・・2年も遅れて生まれて来るのが悪いんだよ。なぁ、ミリル。」

「でも、嬉しい。ホントに一緒に居られるなんて、信じられないカンジ。」



「彼ら」は、笑った。
お互いの顔を見つめ合いながら。

世間では彼らを只の仲の良い友人と見るだろう。
でも、「彼ら」の中に在るのはもっと深い血の関係だった。兄弟より深い深い交わりが「彼ら」には在った。 ジーンが学ランの袖を捲って手首の内側を見た。エルクもミリルも其れに倣う。


「彼ら」の手首には刃物で付けた古い傷があった。


其れは幼い記憶の中の在る日の想い出。その日、「彼ら」は親(ちか)い存在になった。



「・・・これから、よろしくね。」



───・・・春が終わり、夏が始まる季節。
満面の笑顔で「彼ら」は新しい始まりを迎えた。





END




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