あの時、見た光景が―――――…。





・・・・秋の夜長。
心持暖かな気温は肌に不快感なく、時折吹く冷えた風が心地よい夜。

旧暦の神還りの月を待つ今宵は、還らざる人の魂を流そう。
蝋芯に火を燈し、清流に灯篭を静かに浮かべ。 俗世のしがらみを取り払い、天界へと帰化させて、来世に再び巡り合える様に、と。
土手を登りきったせいで荒くなった息を整える事も忘れ、ジーンは眼下に広がる光景に全ての意識を奪われていた。


毎年、上流にある村落の人々が流した灯篭舟の無数の火が、今年もたゆたう水面を燃やす。 船は身体、火は心、灯りは魂を表し、河は人生になぞらえて。
――――・・・火垂るは、流れる。


芝の滑らかな身に任せて土手を下り、ジーンが待ち合わせの場所に辿り着いた頃には、河はすっかり炎に覆われていた。 暗闇に慣れていた目に眩しかった為、彼は僅かに目を窄める。
その明かりを逆光に、2人の人物がジーンの訪れを待っていた。ジーンは、彼らに向かって駆け出した。




「・・・エルクっ!、ミリルぅ!!」




その声に気付いたエルクがジーンに手を振り、ミリルが満面の笑みを見せる。




「ジーンは今年は来ないんじゃないか
―――って、今エルクと言っていた処だったのよ?」


「そんな訳、…ないだろ。」


「だから、ジーンが来てくれて良かった。
会えないのは、寂しいから。………久しぶりだね!ジーン!!」


「―――…うん!」




橙色の集団に、辺りはすっかり埋め尽くされて。
水面は熱を帯び始め、周囲に生気が満ち溢れて、何もかもを包み込む。断続的に、魂が触れ―――河を流れて、いく。次から次へと、列が連なり。
やがて、その日の――魂の奔流を見る事が出来る、唯一の瞬間が訪れた。

そしてそれは、彼、エルクが還る時間でもある。




「また、来年も、会えるかな?」




ミリルの声が、震えていた。
顔に複雑な表情を浮かべ、手をよりきつく胸の上で組んで。




「………会いたいな。
来年のこの日に、また、ミリルとジーンに。だから、」




還るんだよ。




彼の笑顔は、とても穏やかで深い。
まるで、死に際のそれの様に。




ふわり、と。

エルクの身体が、河に移る。水面に、彼が映る。
彼は水に触れる事も水面に波紋を付けること無く、奔流の先頭に向かう。エルクは先頭に立つと、灯篭舟を一度、振り返り見た。 それに答える様に、ただ流れていた舟がより集まり、その火をより瞬かせた。 魂の流れが彼を追い、彼の道を軌跡づくる。
水と、炎の真ん中で。エルクが此方を向いた。






「 バイバイ 」






ジーンは、黙って彼を見送った。


いつもの事と、自分自身を慰めながら。
毎年、変わりない情景が再生され、今年も繰り返される。


あの時、見た光景が、何時までも焼きついて、心が離さない。


言葉無く立ち尽くすミリルの隣で、
我知らず、ジーンの目は涙に霞んでいた。






還らざる人の魂を河に流そう。
船に乗せ、火を燈して…。きっと、また会えるように、導く彼の背を見失わせない為に。 願いを込めて。今の別れを、出会いに繋げる魂の炎を。




炎の少年に託して。





END




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