彼女は、何で、泡になってしまったのだろう? 青海と白浜が紅色に染まる───頬を赤らめた少女の様に。 朝から外出を禁止された上、教会の薄暗い個室に押し込められていた子供達も、 台風が通過したと聞いた途端、退屈の最高潮もどこへやら・・・・常日頃の調子に戻っていた。 だから、そのまま大人しくしている様な立派な性格でもなければ、聞き分けも物分かりも良くない彼らが、 シスター達の目を盗んで勝手に外に出るのは、至極「当然の事」だった。 エルクも又、悪友のジーンとつるんで教会の裏手にある海岸までやって来ていた。 彼らが其処に到着したのは、真っ赤な夕陽が惜しむ様な波に赤い影を残したまま水平線の向こう側へ 沈んでいる最中だった。その影はまるでそれの半身の様に鮮やかで美しかった。エルクは思わず息を呑む。 波打ち際まで、靴が濡れるのも構わずに足を進めてから、彼らは耳をすました。 視界が閉ざされても耳朶に響く波の音色には曇りが無かった。なんら変わりの無い音の筈なのに、 寧ろその音は、普段よりも透き通って、より鮮明に全身を浸食していった。 「・・・気持ち、良いね。」 重たげに瞼を上げながらエルクはジーンに話しかける。ジーンは返事を返さずに黙っていたが、 その「答え」にエルクは満足した。 やがて、海と空の彩に「黒」が滲みはじめ、──────・・・世界は黄昏時を迎える。 もうじき彼らが居る所にも波が訪れる。暗所恐怖症のジーンの手がエルクの手を探していた。 普段大人ぶっている彼のこの子供染みた行為が、エルクは好きだった。だから、何時も通り。 エルクはその手に指を絡めようとした。 ───が、突然、ある一点を見つめたままエルクは動きを止めた。 「・・・人魚姫、だ。」 「、んぇ??」 夕闇が黄昏に近付きつつあった。 人魚姫は、何で、泡になってしまったのだろう? 其処には、────《砂で出来た小さなお城》と────少女が居た。 黄昏色に染まらない輝く金髪と深海の水を湛えた瞳を持った少女が、砂の城を眼前に佇んでいた。 何かをしている訳でなく、只、側に居るだけ。それでも、無性に気になった。 エルクはジーンの制止を聞かず、思い切って少女に近付いていく。 そして、態と彼女の顔に影を作る位置に立ってから、その顔を無遠慮に覗き込んだ。 覗き見た少女の顔には全く表情が無かった。物足りない位に。忌々しい位に。・・・・だから、 視線が虚空を漂っていて、どこか不気味な少女にエルクは、言い知れない期待感と興味を持った。 恐怖心すら彼にとって心地よかった。自分自身がバラバラになっていく程に。 その奇妙な感情の意味を未だ、エルクは知らない。 「そのお城、君が1人で作ったの?」 エルクは砂の城に目をやりながら、少女に話しかけた。 だが、聞きながらエルクは少女が作ったモノでは無い事を確信していた。少女の周りに砂を掻いた跡がない 事と作る為の道具が1つも無い事に気付いていたから。 案の定、少女はやや間を置いてから首を横に振る。どの様な形であれ返事があった事は嬉しい。 しかし、視線を合わそうともしない少女にエルクの中で、 苛立ちが募っていたのも事実だった。・・・・が、それも心のどこかに染み込んで消えていく。 「・・・ねぇ、どこから来たの?」 今度の質問には、少女は答えなかった。 「答え」はしなかったが、虚空を眺めていた少女の視線は砂の城に向いていた。 相変わらずの無表情だったが、それが余計に痛々しげで・・・・エルクの心は更に砕かれた。 エルクは、何となく・・・・一番、聞きたかった質問を、した。 「・・・君は、何処に帰るの?」 少女の「答え」は無かった。 ・・・帰る処のない人魚姫は。帰れなくなった人魚姫は。 彼女は、海に還る事も叶わずに。泡になるしかなかったのです。 空には白い月が浮かんでいた。 夜空が果てからやって来る。景色を 彼らを のみ込む闇が。・・・黄昏時が、終わる。 エルクの目には、寄せ返す波が少女を──引き戻そうと──海に引きずり込もう──としている様に見えた。 彼は、慌てて少女の手を掴む。・・・・ヒヤリ、と冷たい手。 同じ事を察したのか、ジーンも少女の手を引く。突然の事に少女の躯が強張った。 エルクは構わずもっと強く、少女を引き寄せた。行かせたくない、その一心だった。 「・・・おいでよ。大丈夫だから。僕たちも、君と同じなんだよ?」 ジーンの声に少女の躯の緊張がほどける。それをきっかけに、2人は少女を波打ち際から完全に引き上げた。 白浜に残った波の跡が、少女に対する未練の様に付いていた。 闇に閉ざされた空と海を背に、教会が灯り色に照らし出される。 3人は、教会への帰り路についた。その間も、少女は一言も口を訊かなかった。・・・・けれど、 「・・・仕方ない、よな。」 エルクは自分にそう云いきかせていた。 だって、人魚姫は、陸に上がる代償に「声」を失ってしまったのだから。少女もまた、「何か」を 失くしてしまったのだろう。・・・・自分たちと、同じく。 本当に。足し引きのない幸せがあれば良いのにね。 「ほら、彼処。今日から、君の家になる処だよ。」 温かい灯り色。切ない灯り色。幸せの灯り色。完璧でない、彼らの家。 それでも、零れる笑みに曇りや翳りは無かった。 既に砂の城は、波に呑み込まれていた。 「・・・君があのお城に帰らなくて、良かったよ。」 少女が、はにかみながらも微笑んだ。初めて見た笑顔に愛おしさが芽生えた瞬間。 END |
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