「……だからって、良い事じゃないんだよ?」



少しだけ笑顔を見せながら。そう言い聞かせている僕も、僕だけど・・・・ね。




・†・




高校生になって初めて行った職場体験学習先で僕――――、ジーン=シノミヤ.Jr。
年16歳2ヶ月は『死神』という仕事を知り、訳あって高校入学も浅いまま高校卒業を待たずして、件の職の 「就職」+「営業」をしている。

まぁ、その採用理由が「非常識な霊感の持ち主である」+「私の姿を見たから…」である以上、僕自身に全く拒否権が無かった のは非常に否めない・・・・もとい、「怖くて抵抗できない」+「何されるか分かったモノじゃない」=「大人しく従うより他無い」 状況で。
故に、今の状況に反抗できず『死神』の仕事を甲斐甲斐しくやっているのだ。

と、言っても昨今の『死神』は、「黒装束」+「鎌」のオーソドックスな形式を止め『人間界における死神のイメージを向上させ、 死神に対する排他的印象を緩和させる為の5箇条』を掲げて安心で安全第一の方針に変更したらしく、現在は私服着用可となった。 同じく武器も自由選択制になった為、『鎌』の配給は廃止となり各自管理の下で自由装備が許可されたと言う。 よって僕は、学生の身分と国法の規定に基づき「30センチ物差(竹製)」を装備している。
僕を採用した奴も「タロットカード(紙製)」を使用してたから―――、「偏った先入観」+「無知識」= 「僕は現在の装備に何ら疑問を持っていなかった」。




・†・




今日の仕事は、住宅に居付いてしまった自縛霊の除去。
極々有触れた(?)依頼に似合わない、「特に穏便に事を解決する様に」とのお達しを受けて。僕は一人で指定場所に 向かう。

云わずと知れた都会の外れの云わずと知れた集団住宅。前々から真偽定かでない噂があったのは知っていたが、 まさか本当にソレが居るそんな所があったのかと・・・・僕は何時もの調子で歩を進めていった。
しかし、通告された場所に到着した途端、 僕はかつて感じたことの無いプレッシャーに違和感を感じ、同時に普段道理の自分の軽装備に 悔恨の念を抱かずにはいられなかった。

明らかな霊力の異質性を匂わせ歴然とした力量の差を見せ付けるかの様に。其処は、僕の浅い経験等ものの数無いと――、 その圧倒的な生命欲と存在感を誇っていた。僕は未だ対面もしていない、物量無い相手に敗北してした。何もかも。
ありとあらゆる感情が、脳髄に直接叩き込まれるのを感じずにはいられなかった。
僕は自縛霊が確認された部屋の扉を前にして、緊張の高まりを全く制御出来ずに立ち尽くしていた。

気温10度の寒空の下なのに、僕の背中は冷たい汗に支配され、手に張り付いた脂汗が物差しの感触を失わせる。 最早、霊を鎮める前に抑圧に特に弱い僕の精神が 瓦解するのは、時間の問題だけでは無くなってきていて・・・・、脳裏に『戦略的撤退』の文字が過ぎった瞬間。


僕は心からその決断を受け入れた。




・†・




「―――…お兄さん、迷子にでもなった?」

「…それとも、私達に会いに来てくれたの?」



突然、2つの声が僕の頭の中に響き渡る。瞬時に、テレキネスの一端だと判断した。
声を感知したのと同時に、僕は身体から緊張の糸を解いていく。同時に、先の警告を理解した。・・・・そうか、子供だったんだ。 しかもまだ年端もいかない、子供の霊。

「残忍さ」と「健気さ」を併せ持つ、「真実」と「虚実」を容易く操れる存在。 儚く脆い様で、その強かさに返り討ちに遭うことも予想される相手。
例え、強がりの裏側に在る弱さに気付いても・・・・。



「そうだよ。どうしても君達に聞いて欲しい事が、あるんだ。」



そして、出来ればすんなりと叶えさせて貰いたい。

僕の希望が聞こえたのか、また僕の役目を予測出来たのか。白い子供の腕が扉越しに伸びて。 その小さな指は、僕の鼻頭を掬う様に掠めてから再び扉の内側へと消えていった。特徴のある笑い声が耳朶に触れ、 脳内に刻み付けられる。邪気のない澄んだ、純心そのものの声が――――、僅かな恐怖を伴って。
僕は、敢えて緩めた緊張を今一度だけ張り直し、白い幻影がなおも蠢いている扉の取っ手に向かって手を掛けた。




・†・




決して、稀有な話では無い。

新婚気分が抜けきれていない共働き夫婦が購入した、都心より少し外れたマンション。
かつての好景気に建てられて築年数10年は経ってはいたが、維持管理が徹底されていたので価値を大幅に下げること無く 駅にも近いことから、今もなお買い手が絶えないと云う。国道に出るにもそう遠い距離で無く、駐車場も完備されて、 学校、大型デパート、医療機関、役所も程近く生活に困らない、否、生活し易い方の物件だ。

しかし、2年位前からある部屋だけが、人が居つきにくくなった。

件の夫婦や、夫婦より前に住んでいた住人達が言うには「居づらい」のだと言う。
『常に誰かに見られている様で落ち着かない』――――、転居理由はそれ一つのみ。

他に被害報告らしいものは無く、実際に障害に及ぶ事件や、また過去においてその部屋に何かの事件が起こった記録は無い。 土地自体の霊感性も因縁性も在り得ない。勿論、人的圧力も。

最早、住人達の精神的なものと考えていたのは僕だけではなかった筈なのだが・・・・、


結果的に、特別な話になってしまった。




・†・




「君達は、此処に住んでいたの?」



聴きながらも、先ずその可能性は僕の中に無かった。
案の定、彼等からそれを否定する言葉が聞こえた。やっぱり此処とは無関係だった。

次に彼等の所在人数を聞いた処、「2人だけ」と云う。2人は生前に面識もなく、血縁関係者ではないらしい。 ただ何となく、2人の波長が近かったから。呼び合うように出会い、共に居付く事になったのだと云った。

また、住人達には・・・・・何もしてないと、強く主張した。



「だって、悪い人達じゃないもの。」

「何かを仕掛けてくる訳じゃないし!」

「私達から、仕掛けるつもりも無いし…」



邪気無く笑う声を聴いて。僕自身にも彼等を疑う要素が無かったから。
僕は素直に言葉を聞き入れたし、それに疑惑を抱かなかった。――――――ただ、



「なんで君達は、此処に居るの?」



疑問を持った。



「だって――――、」



君達を自縛させるモノは、・・・・何?

















「  幸せそうだった、から  」

















僅かに間延びしてから聞こえた声は、何処と無く寂しそうだった。


事実、そうだったと思う。
霊が肩寄せあうのも変な話だけど、人であること―――には、変わりないのだから。
過去にその身が無くなったとしても、不確かな存在であるとしても。

その人が在ったこと、また在ることを否定できる術が無い以上、
人であることに違いはないのだから。


少なくとも、僕はそう考えている。


彼等は、その想い一つだったのだろう。



・・・・それは、きっと。



か細い声、弱く消え入りそうな声だったのだろう。

ささやかな祈りに近い、切実な願いを奏でていたのだろう。



でも、ね。



「……だからって、良い事じゃないんだよ?」



例え、その心に気付いたとしても。
理解できて、受け入れ易いものだとしても。

死後、何処に逝くのかを知る人は居無い。
それ故に、縋りつく気持ちも、心も、想いも―――在るのだろう。

現に、今を生きている僕でさえ、時々そうなのだから。



「同じ、なの? お兄さんも??」



そう、同じ事。なんら変わりも無いこと。



「―――…そうなんだ。」



彼等の声は、そこで途切れた。




・†・




家に帰り着いて1週間後、学校の倉庫に間借りしている元死神によるとあの日以来、あの部屋で他者の視線を感じる ことは無くなったと言う。今では夫婦共々、平穏無事な日々を過ごしているらしい。

僕としては、あの日から彼等はどうなったかの方が気になっていたからそんなに心配していなかったのだが。 まぁ、平穏であるなら良いだろうと思っていた。兎に角、解決した訳だ。



「無事なら問題ないわね。あそこは前々から何人か派遣されていんだけれど、
 その度に反撃を食らっては討伐賞金額が上がってた有名スポットだったからね。」



帰宅した僕を迎えた元死神の第一声に、逝きかけた事を除くとして、は。




・†・




精神的にやつれ果てて迎えた日曜日のある朝。

身体も不調を訴えるので、僕は完全に「朝寝坊」+「惰眠」の真っ只中だった。 身体も重いが気持ちも重たかったから整然と言い訳が出来る(?)と思い、布団の虫と化していた処。

彼等は突然、現れた。



「やほ―ッ! お兄さん、元気は…無いな」

「ねッ。やっぱり私の言った通りでしょ?
 お兄さんも、私達と『同じ』なんだって事なのよ。」

「俺達、お兄さんと一緒に居てあげることにしたんだ。
 俺、エルク! 得意技は爆発系火性攻撃だ! よろしくな!!」

「お久しぶりね。私の名前は、ミリルです。
 得意なことは、凍結系水性攻撃ね。お世話になります。」



取り敢えず「30センチ物差し(竹製)」は、今日を以って封印することにしよう。
そして、あの元死神の云うだけを聞くのみでなく、疑問に思った事はちゃんと質問すること、 少しでも不審に思ったら深入りしないこと。装備は前日に整えて万端で行くこと。不平だと感じたら意見すること。

・・・・そして、



「―――宜しく、お願い致し……奉ります。」



この2人には、楯突かないこと。


心なしか気が重くなることの方が多いにも拘らず、何処かで期待していた。
2人が―――、「エルク」+「ミリル」が来た事に。僕自身が・・・・。

ずっと、切望していた変わることの切欠を作ってくれたんじゃないかと思った。

まぁ、求めるべき先が違うのだろうけれど。



「ミリルっ!! 早速、あっちこっち見てまわろうぜ!」

「そうね。あ、そうだ! お兄さんの名前は何て云うのかしら?」

「…………ジーン、です。」

「「ジーンお兄さん、宜しくお願いします!」」



「エルク」+「ミリル」の声が、綺麗にハモル声のを聞いて。
僕は『人間界における死神のイメージを向上させ、死神に対する排他的印象を緩和させる為の5箇条』を改正させる為の意見書を 提出することを他の誰よりも前に、
・・・・僕自身に誓った。

先ず「鎌」を配給制に戻すべきだ。





END




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