「 アレク 」

















 そう呼ばれてから、振り返る。
 今も、昔も、自分の名前であるから。


 同じだから・・・・――――、僕の名前だから、だ。













その日、少年は故郷に帰る。








 空中で傾いだ態のまま、静かに浮かぶ黒色の物体。

 土手っ腹には赤く揺らぐ炎の姿を真似たような、
 はたまた「人のなり」を象ったものを印刻させている。

 大地には実体を伴わない、シミの如く深い影だけを残し、
 古来より不可能の名の下に戒められた因果を断ち切り。



 暗雲、漆黒、異様を讃える存在。
 最終兵器 ―――、ロマリア空中城は復活した。


 世界が崩壊したあの日より
 3年の月日を経て、いま再び。






 「忘れない。あの日、僕はあそこに居た」



 無意識だったが、アレクは明確に宣言をする。
 自分があの地に居た事を。そこが自身の故郷である事を。



 そこで遭った事、そこに在った事を、何一つ思い出さないままに。



 「 アレク 」



 そう呼ばれて、彼は振り向いた。


 それが信頼する仲間から呼ばれたからでは無く。
 その名前に確かな心当たりがあったからで。
 声も場面も、立場も状況も変わり果ててしまって
 何もかもが繋ぐところの無いモノであったとしても・・・・。






「 アレク 」








 あの城が過去に存在した、その瞬間も


 彼の名前は「アレク」だった。





 その日、世界が崩壊したあの日に、彼はすべてを失った。



















確かに、在り得た。願えば手に入れられた過去。








 身に慣れない衣装に戸惑っていた頃が、在った。



 「本当に良くお似合いですわ。」



 他人から贈られる賛辞が嬉しくて、恥ずかしくて。
 子供ながら妙に恐縮してしまい、返事が小声になってしまう。
 首を僅かに竦め、耳まで朱を散らし、口端を分かる様にだけ上げて微笑む。
 その際、柳眉は下げる事無く。きりり、と魅せる。そこには生まれながらの。

 育ちの善さが滲んで見えて。その意味では、彼は非常に得な人だった。



 「アレク、誇らしく思いなさい。貴方は特別なのです。
  決して己を蔑む真似はせず、むしろ尊大に振る舞いなさい。
  ――――・・・貴方は、それが許される地位を得たのですから。」



 眼前に立つ母親の言葉に、彼の微笑みは益々深くなり。
 肩を上げ背筋を整えて、手の位置を腹より下に少し下ろし。
 格好然を、自身の父に合わせる様に。子供ながらに模倣して見せてみる。


 彼は生来より、年配者を喜ばせる心得を熟知していた。






「 アレク・サン・ド・ロマーリア9世 」







 彼は腹筋により力を入れて、潔く返事をした。


 表向きには既に後継の絶えていたロマリア国家の切り札。
 異母兄弟が鬼籍に入ってより数年の時を経てからの彼の存在は、
 本来なら疎まれるモノだったが。今はその憂いも何もなく。


 裏舞台の王太子は、機会に備えていた。


 最早、この世界に於いて、彼を脅かすモノはない。
 周囲を防壁と砲台に囲まれたその場所は、外界に隔絶された世界。
 最強の国家権力と言う玩具を独我に振り回す事を許諾する空間。


 今の彼は覚えていないが、彼は其処の住人であり、
 其処の権力者、ロマリア王国の、唯一の生存者であった。




















天空が割れて、地は海に覆われる。闇と炎の禊にて。








 気付いた時には、天空から闇が堕ちてきた。





 目を開けると周囲には瓦礫と炎があるばかりで、
 彼は・・・・――――――全く、ひとりになっていた。


 体感したことのない温度が辺りを取り巻き、
 見た事の無い、オブジェと化した物体が砦を築き上げ。
 彼は孤立無援の真っ只中に、誰一人も侍らす事無く佇んで居た。

 何故、此処に居るのか。

 知らぬ内に喉が潰れ、音を出せなくなった口が
 言葉を形だけで作るものの、誰かに伝わるモノでなく。


 遠くに轟く爆音に身を伏せてやり過ごし、
 纏襲い掛かる烈火と黒煙に身を炙られながらも。
 彼は逃れる意思すら表さず、徒そこに竦んでいた。

 やがて、大きな礫音に混ざって彼の頭上に影がかかる。
 それは垂直に立っていた物だったらしく、
 傾斜の態に姿勢が移るや否や突如に速度を上げて。
 彼の無防備に晒された頭部目がけ、
 轟音と火炎の下に、宙を切り雪崩れ込んだ。



 それより少し前、間一髪の処を彼はハンターに救われる。



 視界が晴れて、彼は自分が馬車の荷台に乗せられた事を知る。
 同時に、理由と根拠は不明だったが、彼は解放された事を知った。
 それが何からか、如何なるものからかは、分からないままに。


 やや虚ろ気に視線を上げた彼を見て、ハンターは己の半身である武器を
 名も身分も知らぬ彼に手渡し、その大きな背と影を伴って無言のまま立ち去る。


 慰めも、労わりも、謝罪も、哀憐も見せずに。終始、無言で・・・―――。


 その時の彼の瞳には、天空を駆ける2つの星と涙が流れた。






 『大災害』と呼ばれるその日に、彼は全てを失った。


 これまで沈黙を守り続けた暗黒の王国が、
 産声とも断末魔とも、つかない叫びを上げた日に。




















起こり得たであろう未来を、生み出す元凶であった彼は。













「 アレク・サン・ド・ロマーリア9世 」





 呼ばれる筈であった名前。・・・・今はもう失くしたが。
 恐らく世界を震撼させる程の威力を、彼は持っていた。
 その名前、ひとつにしても。その容姿、ひとつにしても。

 起こり得た暗黒の未来が、世界の崩壊のどさくさで失われた事に
 果たして、人々は「見れた」であろうか? 未来を信じた先の、明日を。



 全てを失った少年は、世界が崩壊したその日に、
 2つの流れる星と、自身を救ったハンターの後ろ姿を見た。
























 少年の旅立ちは、小さな村からだった。

 平和で辺鄙なおよそ『大災害』前には目にすら入らない程の。
 そんな小さな所にさえも容赦なく争いの火種が撒かれ、苦痛を味わった。
 誰の目にも不条理な暴力だったから、少年は立ち上がったのだ。勝つ為に。


 図らずも、彼は常に勝者の立場に在った。その幼少の頃から、ずっと。






 「僕は、世界を見たいんだ。この瞳で―――――、知りたいんだ、全てを。」






 記憶を、故郷を、生い立ちを・・・・・、財産と言えるべき全て失った少年は、
 類稀なる純粋さと人心を得るカリスマ性を持って、人生の勝者として返り咲いた。


 それが生まれ持ったモノ故なのか、育まれ慈しまれた環境が在った故なのか。
 少年の、彼の人となりの何が要因だったかは、今は誰も知ることの無い事だが。


 天空に浮かぶ巨大な要塞、ロマリア空中城。

 僅かだがそれをみた瞬間に、暫時過ぎったヴィジョンが確かな証拠である、と。
 証明できる者も、書物も、記録も―――、・・・それらの全てが何も、無い。

 そこが少年の故郷である事も、彼が其処で如何なる存在であったかも。

 だから、彼はその一瞬の、迷いにも似た戸惑いを、逡巡を、
 直ぐに忘れてしまうであろう。・・・・彼自身は失ってしまったものだから。



 そして、少年は世界の英雄となる。



 勲章が失ったモノへの代価なのかは分からない。
 ただ、彼が力を尽くした事は、確かな歴史の事実である。




 「僕たちが創るんだ。何者にも負けない世界を。」




 彼の顔には、勇気が見えた。
 暗黒の後継者の面影は、一片たりと無く。

 眩しいばかりの『ARC the LAD』の姿だけが、
 『光の少年』の称号を得た者の肖像があるだけで。

 突き抜ける青空の下を駆けるアレクの姿には、一切の影は無い。




   06.01.04








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