その色には、見覚えがあった。









『禊ぎの章』






悲鳴を上げそうになった喉を抑えアラウスは、躯をゆっくりと起した。
動いた気配を感じてヒューダが声を掛けてきたが、彼は返事を出来ずに固まったままでいた。
その様子に怪訝そうな感情を覚えたヒューダも身を起す。
そして、見た途端、息を呑む。



「犬…。」



ヒューダは、どうにか喉から声を搾り出した。
それに反応して半ば白くなっていたアラウスの頭が、やっと働き出し始める。
彼は今一度目を閉じてから、改めて目の前の物体に視線を下ろした。
其処に居たのは、紛れもなく、

─────・・・犬、しかも未だ子供の、

煤や灰で薄汚れてはいたが、犬には違いなかった。
くすんで艶のない長い茶色の毛並み、黒い小さな鼻は乾いていた。
頑丈には程遠い爪の付け根には、瘡蓋の剥がれた痕が醜く残っていた。

しかし、アラウスが意識したのは、そんな、みすぼらしい姿で無かった。

柔らかくて脆そうな外見に似合わない、鋭い金属質の光を放つ瞳。

彼の興味は、そこだけに集中した。その・・・硬質の光に。

誰かの色だった。あのアオと同じイロ────スチールブルー



「・・・ローズ?」



アラウスの極めて小さな問いかけ。
だが仔犬は無反応のまま、変わらず視線を送り続けている。
尤も、犬に人の言葉が解る筈が無いのだが。そんな事がある訳ないのだが。


この時アラウスは、この仔犬に対して、奇妙な確信を持った。


両手で仔犬を抱き上げると、アラウスはヒューダを見やった。
彼は、今後の展開が予想ついていたらしく、すっかり身支度を整えていた。
アラウスは仔犬の顔に頬を寄せ、静かに笑った。

すると、彼の目ぶちに、又もや馴染みのない感触があたる。
普通は、心地好いものなのかもしれない。しかし、アラウスの場合は、
先に舐められていた皮膚の脂が抜けて少し突っ張っていた為、痛さに顔を顰めるしかなかった。







   ◇◆◇◆◇◆◇







「ムーンペタ」から南西位に向かうこと半日余りで、
彼らは月下大陸最大国家「ムーンブルク」の─────跡地に辿り着いた。

その腕の中に仔犬を抱いたまま、アラウスは動けずにいた。



遠目に城の姿が見えた時、彼は僅かながらにでも希望を持っていた。

─────・・・もしかしたら、

               何人か生存者がいて。
               そんなに遅く無くって。むしろ、
               城は完全に落ちていないじゃないか?
               今も内では戦いが繰り広げられて、援軍の到着を待っていて、

未だムーンブルクは、滅んでいないかもしれない。

煙と炎で煤黒けていても城の外観は完全に近い状態で保たれていた。
城門にも、跳ね橋にも、見張り台にも、目立った損害は見られなかった。
生き物の体液の様なモノはあっても周囲には血の痕が無く、綺麗なものだった。
だから、人気が感じられないのは、敵の攻撃を牽制して、物陰に潜んでいるからで。



しかし、事態は彼を楽観者だと嘲笑う。



城門を潜り抜け、大広間に出た彼らを真っ先に迎えたのは、毒に侵された床だった。
一瞬、足を踏み出そうとするも行動が後に続かない。戸惑いが心に染み広がる。
それは現状に於いて危険な事だったが、それに気付く余裕は、アラウスの中に最早無かった。

ヒューダは気に留める様子もなく、先に進んでしまった。
その背は、アラウスに怒りさえ持っている風に見えた。

暫く固まっていた思考が戻り始めた時、アラウスは息苦しさに咽込んだ。
無意識に呼吸を止めていたらしい。肺に酸素が入ると胸が千切れるばかりに痛かった。

─────・・・胸だけじゃない。痛いのは。

仔犬の温もりで痛みを抑え鈍重になった足を叱咤しながら、アラウスはヒューダの後を追った。
痛みのおかげで、次第に意識も感覚も通常のものに戻ってはいたが、枷のついた足は重く、床を擦る足運びだった。

アラウスが歩んだ後ろに黒い軌跡が、彼と『ソレ』を繋ぐ印だという事に


不幸にも、彼はまだ気付いていなかった。







   ◇◆◇◆◇◆◇







玉座の間に佇んでいた『人影』は、ヒューダだけだった。
闇の支配に犯され始めていたアラウスは安堵のあまり見栄も無く駆け寄り、彼を呼んだ。
喉から出たその声に何時もの面影は無かった。



「、・・・ヒューダ!!」



彼のなりにヒューダは、露骨に顔を歪ませた。
だが、アラウスは異なる意味で捉えてしまっていた。
自嘲気味な笑みを浮かべると視線を抱いたままの仔犬に下ろす。

仔犬は状況が解らない、といった表情をアラウスに向けていた。
その様子にアラウスは小声で謝りながら顔を寄せる。
少し腕に力を入れてしまった為、仔犬は苦悶の声を上げたものの、されるがままになっていた。

段々、気持ちも落ち着いてきてアラウスは、辺りに視線を巡らせる。

玉座の間は壁から床から一面が、黒一色だった。
城自体の損害は少ない筈なのに。外観に比べてその内部は荒れていた。
そして、相変わらず人気は感じられなかった。



「・・・全くと言っていいぐらいに、何にもないな。」



アラウスの言葉にヒューダは恐ろしいものを見た顔をした。



「君は、何も感じないのか?全く見えていないのか?」



そう云うとヒューダは、上体だけを右に動かした。

ヒューダの背後には、階段が数段あった。その先のひらいた空間。
やはり何も無いのだが、其処の黒は周囲のより黒かった。

・・・・ただ、それだけ。

だが、ヒューダを確信に導くのには十分すぎる証拠だった。
疑問が消えないアラウスを気遣う風もなく、彼は真実を紡ぎ出した。



「敵の狙いは一つだけ、だった訳だ。」

「・・・狙い・・・?」

「人狩り、だ。」



─────・・・人狩り。

アラウスには耳慣れない言葉。
もしかしたら、初めて聞いた言葉だった。



「何処かに連れ攫われた、ということなのか?」

「そうだとしたら、この部屋一杯の『人影』を君はどう説明するんだ。」






















「そんなに足で、汚しておいていて」






















アラウスは足元に視線を下ろした。

まるで、己のモノの様に其処には、漆黒の影が在った。

─────・・・違う。俺の影じゃない。

その影には、輪郭があった。
はっきりとした線がアラウスの目に映る。
その全体を把握した時、



彼は漸く、その身が犯したコトに気が付いた。









































「全滅、だな。」





































冷たい言葉は、何時までも消えなかった。







   ◇◆◇◆◇◆◇







世界は闇に呑み込まれようとしているのか。

それとも 自ら闇に飛び込んでしまったのか。


最早、流れ初めてしまったのだろうか。・・・・儘ならない、蠢き。

歯車は噛合う。全てを巻き込む。名を、呼ぶのなら。



・・・・・運 命・・・・・?







   ◇◆◇◆◇◆◇







ワ が む ス め ヲ す く ッ テ ク れ

わ ガ む す め ヲ す く っ テ く れ

我が 娘を 救って くれ

突如、アラウスの前に赤黒い炎が、ゆらりと現れた。
毒々しい色に染まった其れは、
アラウスの──物体としての存在を無視して──中を通り抜けて行った。
その瞬間、脳内に焼き付ける様に何かが、同時に入る。



其れは  『思念』  だった。



恐らく其れは・・・否、其れこそ。
報われなかった。せめての願い。ホムラの如き、想い。



「、ムーンブルク王!!・・・クリエネス叔父様ッ!!!」



その姿は、無かった。

しかし、彼の中からは、力が溢れていた。
痛む胸をあえて掻き毟り、彼は立つことを決心した。
腕の中の仔犬をいっそう抱きしめて。

その様子にヒューダは、
一時の間、目を閉ざして・・・・。



















「遠方だが、友が居る。・・・そいつの、親に」



















「・・・希望が、あるのか?」



















ヒューダは、目を開けた。

揺らぎのない碧が、そこにあった。
保障は出来ない、と。


今のアラウスには、残酷なくらいに。





その色は、鮮やかだった。





















自分で言うのもなんですが。こいつら、仲悪ぅ!!
ロレサマ推奨派にはごめんなさい。身近にはいないけど。
序にムーン王女偏愛家にごめんなさい。当分、犬です。


04.10.07


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