失うモノなんて、無いと思っていた。

自分の環境は常に管理されていた。例え「何か」を無くしたとしても

それは所詮、配置が換わっただけに過ぎない事、だったから。あの瞬間までは――――。



「君が居なくなった」

未知の感覚を味わった。喪失感なんて、知らなかったから。

「君を亡くしてしまった」

実感した時の、あの奇妙な感覚。利用するだけの筈だった、のに。

「もう二度と、君に逢えない」

真っ先に脳裏を過ぎった、『絶望』。本当だよ?アーリア、君はあの時、笑っていたけど。



「 …また、逢えたね… 」



やっと、気付いた。

俺は、君を愛している、と。








『希望の大地』






アレフガルドのラダトーム城での滞在期間が、10日目を数えた。

レミラは、相変わらずの倦怠感と血臭の中に、その身をおいたままだった。
奥から絶えず溢れる『モノ』があり続けるにもかかわらず、彼女は寝起きするのも不便な生活をしていた。


黄金色に輝く艶やかな髪は、豊かな恵みの象徴と同じ。白磁の肌に、僅かに色づいた唇。
細く華奢な身体は幼さを思わせるものの、彼女の身体には明らかな性が見えた。
アンバランスな存在感。それは、レミラ自身が、よく自覚していたが。


敢えてその事には触れずに、グレイスは久しぶりに平穏な日々を過ごしていた。


それは何とも奇妙な感覚だった。
決して、グレイスは女らしくない訳では無い。
言葉遣いだって丁寧に、行動にも気をつけていた。
身奇麗にするのも嫌いではないし、至って年相応の―――、少女だ。
ただ、旅立つにあたって、そういった事をなるべく気にしない様にしていた。

粗野に振舞うのとも違うが、何処か割り切っていた処があったのもある意味で、事実だった。


だから、余計にだろうか。
レミラに対してグレイスは、無条件に優しくしていた。

指先を動かすのさえ億劫そうにする彼女に、宛ら、姉か妹かの様に対応していた。
その厚意に、初めこそ甘えるのに照れを見せていたレミラだったが、
先んじてはグレイスに手ぐしで髪を梳いて欲しい、とおねだりする程に打ち解け合っていた。


レミラの髪は、脂質の少なくて細い毛質が故に絡みやすい。
彼女が、「手ぐしで」と言った理由にグレイスは納得しつつ、後悔もしていた。
それは単純に、レミラの髪が美しかったからで、手で触れながらただ只管に羨ましいと、
自分が弄って果たして良かったのか、と云う自己嫌悪のドツボに嵌まったから。

それでも、余に長すぎるのも、まとめずにほったらかしに為ておくのも。彼女の美しさを損なってしまう、と思い。
グレイスは四苦八苦しながらも、前髪とサイドだけは格好をつけていった。

頬まで覆う前髪を後ろへ流し、輪郭に纏わり付いていた側髪を耳にかける。それだけの事、なのに。
小さく可憐な花は、色を湛えた爛漫な華へと、その姿を変えた。
その美しさに、グレイスは息を呑む。



「…女の癖に涎なんか垂らすな。見っとも無い。」



レミラに劣らぬ程の超絶の美貌を思いっきり曇らせて、彼は来た。
グレイスの頭の中で戦闘のテーマが、絶好調に演奏されて。彼女は顔を引き攣らせた。

その反応が、よっぽど気に入らなかったのだろう。
一瞬、目を細めてから彼は大げさに溜息を吐いた。グレイスの肩が可哀想な位に戦慄く。
その顕著とも云える怯えた様を見て、王宮楽師の少年は満足そうな笑みを浮かべる。
レミラは、彼の笑顔にはっきりとした嫌悪感を持った。


尤も、彼が浮かべた笑顔の意味は、彼女の記憶によるものと全く異なるモノだったが・・・・。



「…男の癖にィ、気色悪い笑い方するンだね〜。」



室内に充満する血臭が、少し濃くなった。
レミラの物言いに、少年の自尊心に深い亀裂がはしり、
そして、明らか過ぎる敵意を。彼が鋭利な刃物の様な視線を向けた瞬間。

少年の白く、やや大きめの右手が、レミラの頬を叩いた。
狭い部屋を憐憫で無慈悲な音が、先に
グレイスが掛けた静止の声が、その後を・・・・追い遅れて、響き拡がる。







「俺も死んだら、その先で君に会えるのだろうか?」



そんな筈が無い、と。今なら言えるけれど。

あの時は、それ位に余裕が無かったんだ。そんな『こと』を考えるまでに。

『死』を考えた。自分から――――俺自身が。不思議だった。全くもって、奇怪。

『俺が死なない為に』、君を利用しようとしたのに。死にたくなかったから、

『俺』を慕う君を、『俺』の身代わりにしようとしたのに―――――――。

あんなに生きるのが、本当に辛いと思った時は、今まで無かったよ。

アーリア、何で君だったのだろう。

目をつけたのが。

君だったのだろう。



「ヒューザ、どうした?」


俺を変えた、君の声。俺を変えてくれた、君の・・・・。








「…それで、大喧嘩をされたのですか?」



レムサスの声は、何時聞いても心地よい。
それは特別に特徴のある声では無いが、万人受けのする感じのもので。
何かと気苦労を背負い込みやすいグレイスにとって、その癒しの効果は絶大だった。

特に、何かしら『事』が起こった後、などには。



ラダトームに帰ってから、グレイスは寝食以外の時間は城で過ごしていた。
何時だったら、自宅のある城下町で送っていた時間さえも。

それまでにも何度か帰還の度、義姉と義兄の事を口実に呼び出されて、内心
鬱陶しく思っていたグレイスだったが今回は別件であるとはいえ、ほぼ毎日訪城していた。
血臭に不快感露わだった城主ラルスII世が、連日ご機嫌なのもそのお陰とか。

レムサスは、城兵用の8人部屋を寝床としていた。
本来、客人でも客将でもある彼にもレミラ同様、一部屋与えてあったのだが、
『個人的意思の行使』によって、勝手にも大部屋に移り居座っていた。



「すいません。本当ならこんな事、話したくなかったんですけど、」



「話すことに罪悪感を持たれる必要はありません。私などで宜しければ、ですが」



すっかり事情(既に事後)を話し終えて、グレイスは落ち着きを取り戻していた。
途端に彼女の人の良さが覗くのにレムサスは、心中で微笑する。


あの後、レミラを甚く気に入っているヤムタが、
あのタイミングで入室したことによって、

ヤムタに抱き起こされたレミラは、先の衝撃に失神していて、
レミラを殴った少年は、ブチ切れたヤムタに一方的に仕留められて、
少年を罵りながらヤムタは、レミラを姫抱っこしたまま何処かへ行ってしまった。

何が何だか、詰問もさせる間も無く。事態は勝手に完結していた。

誰もが、何もかもが、グレイスをだけを無視して。



「……結局、何が原因だったかさえ、分かりませんでした。」



「レミラ殿の事は、ヤムタ殿にお任せ致しましょう。
 ただ、彼は…、全てはグレイス殿のお心次第でしょうか。」



「………?、何でですか??」



一度、口を開いたものの。レムサスは、敢えて言葉を呑み込んでしまった。








「君の事を、考えてた。」

「、なぁッ!!?」




感情表現が素直で、臆面が無い。力任せに物事を解決しようとする短絡的な様でも、

女性らしい、複雑で情緒的な処もあったり、自分からの『愛』には熱く積極的なくせに、

受ける立場になると極度に照れたり、要らぬ嫉妬に気を揉んだり。

ああ、本当に君は、分からない。だって・・・・、


「知っていたんだろ? 利用されているって。」


それでも、君は俺を、愛してくれていた。 


「だから、本気でオトしてやると思ったのだ。私を…その、だな。」



―――――俺は、卑怯だ。

裏切りを裏切りと思わない。こんな君を、さらに巻き込もうとしている。

君が絶対に逃げない、寧ろ共に居てくれる事を、確信しているくせに、

『君に嫌われたら』と、未だに君を、信じきっていない。


「そなたの口から『私を、愛している』と言わせる為に。」


君は、云ってくれる。俺を、愛してくれている。

失いたくない。巻き込みたくない。でも、それ以上に、離したくない。




「愛しているよ。アーリア、君を愛している。」

「……そ、いう事は!考えても、口に出すでないッ!!!」



俺は、君を愛している。もうこの言葉に、裏は無い。








明くる日の朝、自宅で旅支度を為終えたグレイスは、挨拶の為に登城した。
何時もだったら厩で寝ているヤムタを従えての登城だが、昨日のアレから見かけていなかった。
どうやら、あのままレミラに付添って、城に泊り込んでしまったらしい。

出来るだけ大人しくしていてくれ、と祈りつつ。グレイスは、城門を潜りぬけたが、
・・・・彼女は肝心の事を、祈るのを忘れていた。



「……なんだ、その出で立ちは。」



突然、地を這う声が、グレイスに向かって掛けられた。

グレイスの視界から見た立ち姿は、天使と云うより『恐怖の大王』そのものだった。
言葉に言い尽くせない美貌を、言葉に出来ない位に醜く歪ませて、
およそ普段なら居る筈のない時間だったのにもかかわらず。彼は其処に、居た。

『今、目の前に居る傍若無人の少年に、会いませんように』
『っていうか、マジで会いたくないって云うか、絶対に会わせないで下さい。』



「今更祈って後悔したところで、もう遅いんですけどね。」



グレイスはあらぬ方角を向いて、毒づいた。



「貴様。あの女も、連れて行く気か。」



「そのつもりよ。というより、レミラの為に行くの。」



相変わらず、彼の言い方は攻撃的で。表情に明らかな変化が見える分、恐ろしかった。
それでも、怖気づく気持ちを叱咤してグレイスは、はっきりと少年に物言った。
彼女の健気な抵抗も物言いも、彼に対しては、全く効果が無い…というよりは、
その鬼畜まがいな彼の優越感を、十二分に満たしていた。

17歳という年の割に、背丈も二次成長も小粒なグレイスは、
当人のしっかりとした実直な性格が少しも反映されていない容姿も相乗して、
年長者の庇護欲を煽りやすく、年少者に懐かれやすく、同年者には可愛がられていた。

ちなみに、この王宮楽師の少年は、
今でこそ、執政及び政務を退き鄙びた事をしている貴族の出だが、
自他共に認める高いプライドと稀有な容貌と、天性の楽才の持ち主の上に、
15歳で異常な出世をした人物である。故に、性格は天文学的にねじくれていた。


一瞬の間に。グレイスは大変まずいことに気付いて、寒くなったが、ほんの僅かの事だったから、
グレイスはそれに気付いたことを、彼に気付かれていないと思っていた、

――――んがぁッ、

グレイスは考えている内容を、表情(かお)に出してしまう性質で。
しかも、彼女の変化を温かく見逃してくれる程、彼の許容は広くない。

常人より狭い方だ。どちらかというと、


少年がシルバーグレイの瞳を、ゆっくりと細める。
思わず息を呑む、優雅で怖い位に美しい動作だった。





















「貴様に、添いて行ってやろう。」





















前後の会話がどうだったのか。
彼らの間で、今何が交わされて。
いかなる結果が導き出されたのか、


そんな事、今さっき城から出てきたレムサスや、
『お姫様ごっこ』をしていたヤムタとレミラには、分からない事だが、


青白い顔をして固まりきっているグレイスを見た瞬間、






































途方も無い溜息を吐いた。



















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次回、グレイス大受難に遭うこと決定!

その反対をいく大御所様達。超ラブラブ…。
頑張れ、グレイス。
勇者に会えるその日まで!

舞台は、マイラに移ります。


04.11.24


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