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Ah────────────


いざ うたわん。  永久の幸  讃え うたわん。





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思想闡明

〜ANOTHER END〜





その日、少年は海岸べりに、呼び出されていた。

時刻は未明。月もない闇夜も半ばを過ぎた頃ではあったが、まだ暗かった。
空も海も境界線が無い黒一色。その闇は影はおろか少年自身も溶かし込んでしまう程に、深く・・・濃いものだった。 潮風は止んでいた。同時に波も凪いで穏やかだった。さっきまで、世界が慟哭の真っ只中に居た事実を塗り潰す様に。

少年は、小さな溜息を吐いた。
音は、彼が予想したより大きく周囲に響いて、そのまま耳朶に届く。
少年は華奢とも言えるその双肩を震わせて、 僅かに自嘲の笑みを浮かべた。
漆黒の瞳に光を宿らせて。


やがて、少年の後ろから忍ぶ様を見せずに、何者かが近付いて来た。
その人物は闇に己が溶け込んでいると過信しているのか、明らかにその動作は普段と変わらないものだった。 それでも一応、近くまで来て目的を思い出したらしく途端に足元を変えたものだから、非常に覚束無いものになっていって。 砂を踏む足音が段々と歪な音に変わって、靴底を大き目の荒い石が鈍く抉る不気味な音に、いよいよ無視が出来なくなってくる。
それでも少年は振り返らず、その人物が到着するのを待っていた。

少年の肩に手を置く時点になって・・・・その人物は小さく舌打ちをする。




「若しかしなくても、バレバレ――――――ってヤツ、か?」




すかさず。少年は、その人物に対して向き直った。
漆黒の瞳に先程までの光が残して、 少年は年齢よりも幼くみえる笑顔を見せていた。

途端に間を潮風が流れ、白銀の朝日が少年の肌に降り立つ。





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「――――アルス。俺さぁ、此処に残ろうと思っているんだ。」

「本気で言っているの?・・・キーファ。」




其の年のあの時。ユバールの民の『降神の儀』は、失敗に終わった。
人々は明るく努めてはいたが、内心の落胆を隠し切れずにいた。そこには、一族が背負った使命感もさることながら 自分たちこそが、神の降臨の瞬間に立ち会わなければという義務感があったからだ。 更に恐ろしい事には、彼ら一族の、キャラバン存続の限界を知っていたから。

今、ユバールの民は断絶と無念を目前にした、存亡の危機に直面している。

後夜祭の輪から外れて、アルスとキーファは貸し与えられたテントの中で、初めての酒を嗜んでいた。 飲酒のせいか普段よりキーファは饒舌になっていて、アルスも少しの開放感に浸っていた。 そんな馴れ合いや絡み合いをしていた時に、キーファは真摯な声で、アルスに秘めていた事を告げる。


アルスは、キーファの真意を量りかねている様だった。
キーファは洋杯を置き居住まいを正すと、アルスに対して真っ直ぐに向き直る。浅葱色の瞳は煌めかせて。 その煌めきを確認すると、アルスは洋杯の中に残っていた酒を一気に飲み干した。 若干すわった目で、アルスはキーファを睨み、口をきる。




「冒険の方は、どうするの?そもそもの言いだしっぺは、キーファだよ?」

「旅はやめないさ。ただ俺は、ユバールの人達と行くつもりだ。助けになりたいんだ」

「お城の方は?・・・バーンズ様やリーサには、何にも言わないで行く気なの?」




キーファは一瞬、押し黙った。
考えていなかったと言えば嘘になるが、そこは考えたくなかった事だったから。




「そんなに王様になりたくないの?責められるのが、嫌になったの?」

「確かに、俺は王様にはなりたくない。ッだけど!それから逃れる為に此処に残るって言ってるんじゃない!!」

「・・・ユバールの民を救う為に、此処に残るのが―――キーファの意思、なの?」




キーファは、黙って頷いた。



―――――・・・守りたいから、残りたい。



あの時は、本気で思っていた。





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2人分の影が伸び始める頃、陽光は海面を切り裂いていた。
朝日がその身を乗り出すと裂け目は更に広がり、海も白くなっていく。同時に空気に熱が帯び始め、 風も重たくなる。―――――潮風が、ふんわりと香り始めてきた。
家々に圧し掛かっていた闇が薄くなると同時、動く人の気配が濃く感じてくる。
遂に、目覚めの時が、訪れた。

キーファは、感嘆の声を上げた。その表情は、実に満足気である。
彼の全身が光を纏うのを見て、アルスは笑みを深めた。そして、やや遠くを見やりながら小さく言葉をこぼす。




「キーファに似合う色って、なかなか無いんだよね。」




キーファは、脳裏に浮かんだ思い出に、苦笑しながら複雑な笑顔を見せた。





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その時、己の身を襲ったあの感情は、忘れられたものじゃない。





「・・・じゃあな、俺は、此処までだから。」




旅の扉を前にして、キーファは仲間から後ろ一歩離れた。
その日の朝、アルスから事情を聞かされていたから、仲間達も黙って頷いていた。少しばかり強張った 表情をしているものの、そこに侮蔑などの負の感情を一切見せないで。

その様子に安堵して、キーファは昨晩から何度も推敲を重ねた手紙をアルスに手渡す。
その行動にアルスは僅かに驚いた様子だったが、丁重にその手紙を受け取った。彼はどこか愛おしそうにその手紙に視線を注ぐ。 その両手には、微かに力が篭っている様でもあった。

ガボが手を差し出して、キーファに握手を求めた。キーファがそれに笑顔で答えて、切れんばかりに腕を振ってやると 、ガボは心底嬉顔になって一頻り手を振り回す。ガボの笑顔につられて、キーファは声高に笑い声を上げた。




「ほら、ガボ。もう、行くわよ!!」




掠れ声でマリベルが呼ぶ声に反応して、ガボはやっとキーファの傍から惜しげに離れた。
そしてキーファは、後ろへ更に一歩退いた。

足の裏から『此の時代』の人間になっていく、そんな事をキーファは覚えていた。
そんな意識が全身に浸透していって、キーファは仲間の帰りを見送る立場を実感する。




「・・・・お前ら、元気でな」




そこまで言葉にした瞬間、キーファは未来を思い描いて―――凍りついた。




反射的な行動をつい起こして、仲間から離れた2歩の距離もいつの間にか無くしていた。




キーファが掴んでいたのは、アルスの肩だった。
この状態が把握出来ないでいるのか、アルスは驚いた顔のまま固まっていて。肩に置かれた手とキーファを交互に 見つめていた。居た堪れなさにキーファは、掴んだ手に力を入れる。その痛みにアルスが我にかえった。




「ッ!?・・・・キーファ、どうしたの?」




「―――― 俺、―――――。」




辛うじて出た声は、信じられない位、震えていた。それ以上動きをとれなかった。
この時のキーファの中にあるのは、守りたい者に対する想いだけ、だった筈なのに。




「何を、言ってるの?・・・キーファ。」




アルスの問う声は、冷ややかなモノだった。





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「・・・あんた達、朝ッ早くから何やってんの?」




彼らには背後をやや嗄れ気味の声の、不機嫌感情を露にした人物が居た。

太陽が昇りきる直前でも、漁村の人間には当たり前の起床時間。
ついでに言えば、2人の気配を嗅ぎ付けたマリベルが来襲するのは日常茶飯事。

アルスとキーファは、揃って固まっていた。




「キーファ!?あんた、まぁ〜た!アルスを困らせる様な事を頼んでたの!!?」




凪いでいた波が、鼓動し始める。全世界の心音のように。
潮風は強く、香り高く吹いて、水平線の向こうの雲を流し込んでくる。 眠りから覚めて息づく音も、其処彼処から聴こえ出した。それは、動物だったり、植物だったり、と。


艶やかな彩に構成された、全てのモノが目覚めてくる。


・・・・おまけに、閉塞していた思考も。




「・・・また!?人聞き悪い事言うなよな!未遂だろッ!!?」

「余計に性質悪いじゃないの!アルスもこんな馬鹿王子に構っていると、馬鹿がうつるわよ!!」

「それは確かに、大いに言えてるね。」

「―――――! アルスッ!!?」

「・・・・・・ご愁傷様ね、馬鹿王子。」

「、うるさい!!第一、俺はもう王子じゃ・・・」
























王子じゃ、ないんだ。
























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いざ うたわん。 歓びの詩。


いざ 讃えん。  永久の 幸。


今こそ 我等 挙いて。  永久の 幸 讃え うたわん。




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貴賓席から見る彼の姿は、あの時に失いかけたもの。


今日から3日間連続で、エスタード島のグランエスタード城にて『魔王討伐記念、祝世界平和祭典』が行われる。 島中はもとより、各国から著名人や政府要人して民間人まで集まっての世界規模の祝い事。昨日まで知らなかった隣人の存在と 今までは有り得なかった現象に人々は戸惑いも少なく、ただ歓びの始まりを謳って感動に酔いしれていた。


そして、1日目の終幕式の後。


彼の戴冠式は、ひっそりと厳かに行われる。



昨晩と同じ闇夜の中。それは、始まった。
明かりの数をなるべく抑えた玉座の間には、招待された僅かな人々だけが居た。 貴賓席の人々は、全員普段と変わりない格好をしていたが、先刻までの雰囲気との違いを感じて緊張している様子で。 水を打った様な静けさに包まれていた。

やがて、大扉が開かれる。扉の向こうからは、彼だけが現れた。
その彼が入り口から玉座の間の中心へ切進む。指先まで真っ直ぐ伸ばした姿勢。
彼もまた普段と同じ格好なのに―――どこか、いつもより凛々しげな姿に、貴賓席の人も 貴賓席から一段高い壇上の玉座に腰掛けているバーンズ王も満悦の笑みを隠しきれていない。

彼は玉座の前まで進むと段に上らずに、片膝だけつき、両手を胸の上に組んで、頭を垂れた。




バーンズ王は玉座から腰を上げ、彼の前に進み出る。リーサ王女も添って立った。 王は己の頭上に輝く冠を両の手で外す。王女は先程まで王の肩に掛かっていた外套(マント)を持っていた。

バーンズ王は、やや前に屈み、冠を彼の頭にのせた。

リーサ王女は、彼の肩に外套を掛けると、視線を彼に合わせて立つように促した。


彼が立ち上がる。
頭上に王冠を煌めかせ、外套を雄雄しく翻して。


身軽になった体を起して前王が段を下り、身に重みを感じながら新たな王が段を上り、玉座の前に出る。 彼は、その蒼く輝やく双眼を閉じた。




「 ―――― 新王 キーファ=グラン 立志 ―――― 」




玉座の間にバーンズの声が、響き渡る。

その時吹いた海風が、空を覆っていた雲を流して、明月の澄んだ光が、
キーファの顔を照らし出す。





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現在の世界に於いて、ユバールの一族は滅んでしまっている。

過去の時代のあの時点で存続の手段の殆どを失っていた彼らにとって、キーファの残留は誠に歓迎したものだった。種族的にも、他の如何なる問題についてもだ。だから護り人として残ると言っていたキーファを、彼が望んだからと言って連れ帰るのは、事情を知っていただけに心苦しくて辛かった。まして約束を反故にして、逃げる訳なのだから。 キーファ自身が豪語した後だったから、その後に及んでは言い訳も何もせず、ひたすらに謝るだけだった。

その後のユバールの民は、必死にジャンの行方を探して各地を旅を続けたが、その願い果たせないまま、 ・・・・何十年か後に、ライラと言う老婆を最後にして、滅亡をしたのだった。彼女の死を以って。

キーファは今でも、あの時の自分の気持ちに偽りは無かった、と言える。しかし、結果的に己の我侭のせいで、 彼らの滅びに拍車を懸けるような 事態に進ませてしまった事に、後悔をしない日は無い。勿論、それはアルス達にも同じことだったが。
そんな中で人々の恐慌と疑心に呑まれた心の隙を突いて、大魔王が神を名乗って復活した時には、彼らに対して深く謝罪した。
ライラに、ユバールの民に、世界中の人に、ひたすらに懺悔し尽くした。


それでも、


今、キーファが、同じ時代に居ることに安心しているのは、紛れも無い事実だった。

あの時に、キーファ自身に襲いかかった感情が何だったのか、最近になって解り始めた。

――――・・・・過去に還る事とは、現在に死ぬ事を意味している。



具体的な年数は知らないが、これまで彼らが紐解いてきた世界の記憶たちは、確かな歴史として刻まれていた。これまで一つの島からしかなかった世界から、広がっていく現在に感動したのは忘れる事ない。
世界は鼓動をして動いて、そして生きているのだと思った。その証拠に、甦っていく数々の国や村には、確かな時間が流れていて。 そこには人間の一生が、当然と在った。
過去世界で起こった事が、今の世界に共通するように。繁栄があれば衰退も、滅亡も再生も繋がるように、人間の生き死にもあり続けていた。

あの離別の時。今は目の前にいる仲間達の前で、年月と歴史を経た自分が立つ瞬間を思った。 若しくは作られた石の下に、土と化した有様を眺められる瞬間を思った。
老いか死か、過去に生きれば・・・・これまで現状だとしてきた時間は当然未来に位置付けられる。その先を、確かにキーファは見て、恐怖したのだ。


浅はかだったと、今も後悔は尽きない。
そして赦してくれた人々に、感謝するばかりだった。


そんな自分が、今日ついに王となったのだ。







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質素な戴冠式の後に。
キーファは、自室にアルスを喚んだ。




「・・・俺の晴れ舞台に、何で出て来なかったんだ?」




式で見せた王者の風格の余韻は、最早霧散している。 頭上に金色に輝く王冠をのせて、肩を意識する外套を付けたまま、キーファは不機嫌気味な物言いをした。

本当は、戴冠の際キーファはアルスを横に並ばせて執政官の任に就けさせる事を宣言するつもりだった。 これから王としてやっていくのにも、頭の固い一団の相手をするにも、この旅で特に大きく成長したアルスの存在が、 キーファの未来図に欠かせなかったに他ならかったからだ。
それなのに、当の本人は、

「キーファの為の戴冠式に、僕が出る必要はないよ。」

と、つれない返事をするばかりだった。




「アルス、俺が良い王様でいられる様に、力を貸してくれ!」




それこそ手をついて土下座をする勢いで、キーファは早朝の呼び出しイベント(?)に引き続きアルスに頼む。 アルスは軽く笑いながら、返答した。


















































「キーファ、ごめんなさい」


















































新王キーファは、イキナリふられた。




「昨日、占い婆から石版の新しい情報が入ったんだ。実を言うと僕、まだあの神殿には何か秘密がある―!って思っていたから 嬉しくてね。だから、キーファ。
僕は、また旅に出るんだ。マリベルとガボとメルビンと一緒に。」




アルスの、その曇りのない笑顔に毒気を抜かれた状態になって、
旅立つ親友の後姿をキーファは、ただ。
ただ呆然と―――目を点にさせて―――見送ってしまった。
そして、自室に一人残されて、


暫く物思いに耽っていたキーファだったが。


独断的とも言える決断力と破天荒としか言いようの無い行動力が、超人レベルの彼に。


大人しく見送らなければならない理由が、何ッ処にも思い当たらなかった。


キーファが大声で笑い出したのは、それから少し経ってからだった。





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城門に向かって歩きながら、その途中で外套を脱ぎ捨てて。
頭に王冠をのせたままのキーファは、旅に出る支度をし終えていた。

大広間で祝宴会を開いていたバーンズが、兵の報を聞いて慌てて飛んできたが、酒が入った体を思うように動かせず。 やっと、その視界にとらえた時、キーファは城門の外で仲間達と一緒に居た。




「き、き、キーファ!!」




振り返ったキーファの笑顔は果てしないくらい、眩しく輝いていた。
それを見て、バーンズは立ち眩みを覚える。それに僅かに遅れて来たリーサ王女が、父親の体をやんわり支えてやった。 その労わりにバーンズは、縋る様な視線を彼女に向けてしまっていたのだが―――。




「お兄様〜!お土産話を楽しみにしていますわァ〜。」

「おぅッ!!任せておけ、リーサ。親父は頼んだ〜!!」



ほほ笑み合う兄妹。旅路へと誘う仲間。
アルスの傍を歩くキーファの、軽やかな姿は。
その頭に黄金の冠を頂いたままで。



世界を救ったエデンの戦士達が旅立ったのと、バーンズが卒倒したのは、

















ほぼ、同時刻の事だったという。





















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いざ うたわん。  歓びの 詩。




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THE END






完全パラレルストーリーですから。
突っ込み不可です。絶対にしないで下さい。暴れます。
この話は、風崎がDQ7をやる前に「こうなるだろう」と予想していたものです。やった人なら最早、言わずもがですが、 見事に裏切られましたね☆ やるな、ホーリィ。
ジャケット見て勝手に思い込んでいたんですから・・・ええ、「こうなるだろう」と。ぅ腐腐腐〜。




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